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吉村家家族紹介
パパ 吉村 伸(よしむら・しん)
1961年2月16日生まれ。丑年、水瓶座。
京都市立豊園小学校卒業。
小学校の時より、音楽と体育(除、器械体操=体が極端に堅い)は得意。
クラブ活動は音楽部。スネアドラム担当。音楽家の両親に進められ、スネアドラムのレッスンに京都芸術大学へ通う。
京都市立成徳中学校卒業。
中学では今の体型からは信じられないバスケットボール部。2年よりレギュラーをとり、大変うまいのかと思ったら、チームが大変弱いだけだった。
京都市立堀川高校卒業。
高校でもバスケット部に入り、その事実に気づき、わずか2ヶ月で退部。
「みんながクラブ活動をしている間にアルバイトをすれば儲かる」という、持ち前の要領のよさを発揮。すぐに学校前の朝日新聞の販売店にアルバイトを申し込む。2年8ヶ月続けて「朝日新聞優良新聞配達少年賞」を受章。
大阪工業大学経営工学科卒業。
勉強は英語と数学しかできなかったので、国公立は断念、マグレで工大に受かった。
クラブ活動は、幼少の頃から基礎を培ったドラムを開花させようと、軽音楽部に入部。
しかし、やりたい音楽のメンバーが揃わず、ミンタ高橋という男と二人で、軽音楽部を脱出し、フォークソング部に亡命。そこで、フォークソング部にも拘わらずフュージョンバンド「シャッフル」を結成。
「シャッフル」は大変な人気バンドになり、3年の時にはみごと関西のトップバンドになる。女子大生のファン多数。しかしドラムの宿命の「楽器に隠れてステージでも殆ど顔が見えない」という弱点に気づくが時すでに遅し。
西湖堂印刷株式会社入社。
西湖堂印刷4代目当主となるべく印刷の勉強を始める。
しかし・・・・この業界儲からん・・・・・・気づくが時すでに遅し。
1998年、大不況の中、ついに西湖堂印刷株式会社代表取締役就任。
必死に働いています。
趣味:ゴルフ・麻雀・スキー・食べること・遊び全般
西湖堂印刷株式会社代表取締役社長・日本聖公会京都聖マリア教会教会委員・日本聖公会京都教区情報発信委員・ボーイスカウト京都第24団団委員・京都市少年補導委員五条単位豊園支部広報班長・SONIC京都電動蹴球団代表・広報担当
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ママ 吉村由理(よしむら・ゆり)
19**年3月29日生まれ。寅年牡羊座。
京都市立清水小学校卒業。
小学校時代から、短髪でいつも男の子と間違えられる。体育の時間にも男の子には負けたことがない。
一方、4才からバレエとピアノのレッスンを始めるが、殊にピアノに於いては天才児かと思われるほどの上達、しかし、小学校時代を過ぎるとただの人となる。
ノートルダム女学院中学・高校卒業。
相変わらずショートヘアで通す六年間。演劇集団「ベガ」に所属し、もちろん男役で人気をとる。
小学校時代「天才」といわれたピアノは諦めて、声楽で音大に進学すべくレッスンを始める。
同志社音楽大学学芸学部音楽科声楽専攻卒業。
大学時代の声楽は、広沢節子門下生としてフランスものを中心に勉強。
大学卒業後もレッスンを続け、仲間と「レ・ミニヨンヌ」というジョイントリサイタルを開催。
一方、軽音楽の方面にも触手を動かし、吉村伸と一緒にバンドを組んでライブ活動等も行う。
卒業後、子供たちにピアノを教えながら、京都大学食糧化学研究所に非常勤職員として就職。
食糧科学研究所の浅田研究室に秘書として8年間勤める。
昭和62年結婚後、7年目の出産前まで浅田教授の片腕として活躍(?!)
平成6年に長男和馬、平成11年に長女真綾を(高齢)出産。
現在、子育てとピアノの先生の他、主婦業も少しは頑張っている。
趣味はスキー・ゴルフ・後片づけ。
2002年度は、ノートルダム学院小学校特設委員として、学校の近所にガレージを借りるまでして学校に通い、「今年は主婦に専念する」といいながら、同志社女子大学音楽学部頌啓会副会長を引き受けたり、聖マリア幼稚園母の会副会長を引き受けたりと、懲りることを知らない。 現在ノートルダム学院小学校コーラスサークル代表。
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長男 吉村和馬(よしむら・かずま)
1994年10月12日生まれ。戌年。
出産予定日は10月4日のなんと七回目の結婚記念日。
結婚8年目の子供であるので、幼稚園等での参観日における、親同士の年齢のギャップに不安を感じて入園したが、案外年齢が近く安心。
まわりの人々の「かわいい・・」「まつげが長い・・・」「モデルになれる・・・・」とか言われることを真に受けて、あさぬま写真館のモデル募集に応募するが、並べられた作品の他のモデルの子と比べて、そう大したことがないということを認識。以後そのような企画は無視している。
現在下京中学校2年。
幼稚園年長のときに難病・筋ジストロフィーと診断され現在医学の進歩待ち。車椅子と大の仲良し!
ボーイスカウト京都第24団カブ隊所属。車椅子サッカーチーム「SONIC京都電動蹴球団」所属。2008年度全国選手権大会に出場。
2005年12月沢田俊子著「ぼく、がんばったんだよ−筋ジストロフィーの少年の旅−」の出版により有名人に!
2008年MDRTエクスペリエンスにて幕張メッセで世界各国からの一流営業マン6000人の前で堂々とスピーチをするほど肝はすわっている。
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長女 吉村真綾(よしむら・まあや)
1999年7月5日午後4時58分誕生!!
ついに生まれた吉村家待望の女の子。予定日は6月29日と、野村克也監督と浦地洪一司祭の誕生日。「一日早く生まれれば藤原紀香の誕生日になる」というパパの期待も裏切り、7月1日の明石家さんまの誕生日も越え、結局6日遅れ。2時半に病院に入り、出産は4時58分という超安産であるが、ママは「もう堪忍!」といっている。
お兄ちゃんの和馬が、生まれる前から「赤ちゃんの名前はスイカ!」と、幼稚園その他各所で宣言してしまったので、その処理に奔走。一時は「粋華」「翠花」「彗香」なども、命名候補には挙がったのだが、どう考えても「西瓜」と思われるので、約一週間の期間を使い、和馬を説得。ようやく、パパママ希望の真綾で一件落着。
パパは今から門限を6時と決定するなど、箱に入れる準備を始めている。
先日、禁を破って某写真館モデルに懲りずに応募。他の子との比較が怖くて結局展示会には両親とも行けなかった・・・・。
1才ちょうどで、小学生並の食欲を発揮。キャンプでは小学生低学年は残す量を平らげて周囲を驚かせる。しかし体重は標準の帯を大きく下回り、たいへん効率が悪いが、いつかこの反動がくるのではと、両親は恐れている。
鉄棒が得意で小学校のジャングルジムも1才未満で頂上まで踏破。また、音楽関係も天才と思われ、「歌って踊れる一歳児」の呼び名を欲しいままにしている。1才5ヶ月にして、お兄ちゃんのクリスマスページェントの歌も完璧に歌いこなし、幼稚園の先生も驚愕。すでにページェントの主役は確約されたものと両親は信じているが、「20才になれば普通の人」となった身内が数名いるため、安心はできない。
趣味は歌・ヒップホップダンス・ピアノ演奏・ヴァイオリン演奏・茶道・スキー。
とりわけスキーは幼稚園時代から人が振り向くほどの足前。コーチから「バランスがいい」と太鼓判!!
現在ノートルダム学院小学校3年生。
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ファーファちゃん
1988年3月5日生まれ。雌。日本でもめずらしい昭和生まれの猫!
母親はシャム、父親はどこかの野良猫(多分黒の日本猫)ということで、品種は「ジャム猫」(ジャパンとシャムのアイの子)。
自分を完全に人間だと思いこんでいる。特に和馬は自分の弟と思っているらしく、和馬のどのような非情な攻撃をもジッと我慢して耐えている姿が微笑ましい。
先日まで、近辺の女ボスを決め込んでいたのだが、近頃年をとったのかボスを交代したらしく、家からあまり出かけることが少ない。
骨折歴2回。持病は膀胱炎。
2008年20歳を越え、人間で言うと100歳近いらしいが、全くそのように見えない。不死猫と呼ばれている。
おじいちゃん 吉村信良(よしむら・のぶよし)
1933年3月3日生まれ。酉年魚座。
兵庫県神戸市生まれ。
京都大学経済学部卒業。
西湖堂印刷株式会社代表取締役会長。
合唱指揮者として有名で、混声合唱団京都木曜会音楽監督。他数多くの合唱団の指導をしている。
特に京都産業大学グリークラブでは9年連続全日本合唱コンクール金賞受賞の立て役者となる。
京都府合唱連盟理事長、関西合唱連盟理事長を歴任し、現在、全日本合唱連盟理事長。合唱界のボスとして全国を飛び歩く。
2001年春の褒章にて、藍綬褒章を受章。
2005年に京都で行われた世界合唱の祭典京都の最高責任者として大活躍。
全日本合唱連盟理事長を8年間務め、後に名誉会長。日本合唱指揮者協会会員。
2009年3月31日、慢性腎不全のため京都市で死去。76歳没。
おばあちゃん 吉村昌子(よしむら・まさこ)
1935年8月18日生まれ。猪年。
京都の下町の三女として生まれ、後ずっと京都育ち。
「まさこおかあはん」として、合唱人を中心にたくさんの人々に愛される。
「語り部」とも言うべき京都弁の表現と、たくさんの京都の童謡を人々に伝え、貴重がられている。
食事のスケールもでかく、二人家族でもカレーは20人前作ってしまう。
面倒見がよく、仲人はギネスブック級の90組を数える。
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